
ACRONYMの頭脳
エロルソン・ヒューのデザイン哲学
ACRONYMのデザイナー「エロルソン・ヒュー(Errolson Hugh)」。彼はテックウェアというジャンルを確立し、ファッションの枠を超えたプロダクトデザインを追求し続ける革新者です。
彼のウェアは単なる衣服ではなく、身体と環境にシームレスに適応する「ツール」。そのデザイン哲学には機能と美しさの融合、そして徹底した実用性へのこだわりが息づいています。
本ページでは、エロルソン・ヒューの経歴、プロダクトに対する考え方、そして過去のプロジェクトを通して、彼が築き上げた唯一無二のデザイン思想に迫ります。
機能美を意識する環境で育った幼少期

エロルソン・ヒュー (Errolson Hugh) はカナダで生まれ、中国系ジャマイカ人のルーツを持っています。父親は建築家、母親はインテリアデザイナーというクリエイティブな環境で育ち、幼少期から空間設計や構造の美しさに触れてきました。
彼のデザインには、建築やプロダクトデザインに通じる緻密な計算と合理性が反映されており、単なるファッションの枠を超えたアプローチが特徴となっています。
また、エロルソンは10歳の頃に弟とともにに空手を習い始めました。空手着は身体の動きを妨げることなく自由に動けるよう設計されています。そのとき彼は、洋服が人の動きに影響を与えることに初めて気づいたと言います。さらに、空手を通して自立心も育まれたと語っています。
こうした幼少期の経験から、エロルソンにとって「機能美」を意識することはごく自然な感覚だったのです。
大学で出会ったミハエルと共にACRONYMを立ち上げる

エロルソンはカナダのライアソン大学に進学しました。大学専攻を選ぶ過程では「グラフィックデザイン」「建築」「ファッション」の候補がありましたが、もっとも女子学生が多いといった理由で「ファッション」を選択しました。そして在学中に未来のパートナーとなるミハエル・サッチェンバッハー (Michaela Sachenbacher) と出会いました。このミハエルとは現在もACRONYMの共同オーナーとなっており、表舞台にはエロルソンしか出てきませんが、ACRONYMの美学は二人で定義しているようです。
大学卒業後、ミハエルが故郷であるドイツのミュンヘンに戻ることをきっかけにエロルソンも彼女についていくことになります。しかし彼女は日本語を学ぶために1年間京都に旅立つこととなりました。残されたエロルソンは彼女の祖母からドイツ語を教わり、なんとかコンサルティングの仕事を見つけます。この初めての仕事はドイツのブランド「SubWear」のデザイン担当でした。この仕事はほとんどお金にはならなかったそうですが、この仕事を起点にエロルソンはアクロニムに対する哲学を立てることができたと言います。
そして1994年にミハエルがドイツに戻り、2人はACRONYMを創業します。さまざまな経験を積んだエロルソンは2002年にACRONYMの単独コレクションを発売することとなります。
プロダクトに対する考え

エロルソンは、何よりもコンセプトを重視したものづくりを行います。ACRONYMのコンセプトは単純明快で、「コンパクトに使いやすく仕上げる」、つまり、複雑な機能を極限まで洗練させ、シンプルな形に凝縮することです。
彼はインタビューで、ACRONYMの本質は「エージェンシー」だと語っています。ここでいうエージェンシーとは、着る人が服をただ身にまとうのではなく、能動的に使いこなし、コントロールできるという考え方です。この哲学は、20世紀初頭に建築家ルイス・サリヴァンが提唱した「Form Follows Function(形態は機能に従う)」の思想とも共鳴しています。
ACRONYMのウェアは、デザイン性のために機能を犠牲にすることはありません。むしろ、機能が形を決定し、その結果として洗練された美しさが生まれるのです。そして、この機能美を突き詰めたデザインは、単なるスタイルではなく、着る人の動きを支え、環境との調和を生む「道具」としての役割も果たします。
また、エロルソンは環境問題にも強い関心を寄せています。彼は「必要以上にモノを買うのではなく、本物を手に入れてボロボロになるまで使うべきだ」と考え、ファストファッションへの不信感を隠しません。耐久性の高いウェアを作ることは、ただのデザインのこだわりではなく、サステナブルな選択肢のひとつなのです。
最先端のテクノロジーを駆使したデザインは、まるで未来の実用装備のような感覚を与えてくれます。しかし、その革新的な機能と素材は使い込むほどに表情を変え、やがて独自の風合いを生み出していきます。
ACRONYMのプロダクトは、経年変化を通じて侘び寂びを感じさせるものでもあるのではないでしょうか。
エロルソンが携わったプロジェクト

エロルソンは自身のブランドでもあるACRONYM以外にもさまざまな有名プロジェクトに参加しています。また最近では有名ゲームデザイナー小島秀夫が手掛ける『DEATH STRANDING 2』の作中にも登場するジャケットをエロルソンが制作しました。作中で使用されるジャケットを製品化したものが約25万円の価格で販売されるも海外では瞬く間に完売しています。
・NIKE ACG
・STONE ISLAND SHADOW PROJECT
・Arc’Teryx Mountain Equipment
・Arc’Teryx VEILANCE
・Burton Snowboards
・Bagjack
・Tilak
・Herno Laminar
特に当店でも取り扱う「STONE ISLAND SHADOW PROJECT」はエロルソンの世界観が存分に表現されているプロジェクトとなっています。
今回はACRONYMのデザイナー「エロルソン・ヒュー (Errolson Hugh)」について紹介しました。
テックウェアというジャンルを切り拓いたパイオニアである彼のデザインは、単なるファッションにとどまらず、私たちの「衣服とは何か?」という概念そのものに問いを投げかけます。
機能が形を決定し、使い込むことで味わいが増す。その哲学を知ることでACRONYMの魅力はもちろんのこと、日々のモノ選びや価値観にも新たな視点が生まれるのではないでしょうか。